岡まことのらくごしゃ日和

シンガーソングライター岡まことのブログ。美術の成績は2です。

毒にも薬にもならぬ1


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歌を作らなければならない、と思いながらも、いまいち自分の中へ入っていけないというか。「そこ」に入ってしまうとしばらくの間抜けられず、他者への様々な誤魔化しがきかなくなってしまう。言い換えれば、黙っていなければならないことや、やってはいけないことの歯止めがききにくくなってしまう。それは人様に迷惑をかけるから、よくない。はず。


詩的な表現というものは、自分の中に入っていくにあたり自然と湧き出てしまうものなのだけど、誠に勝手なもので、他者の詩的な表現についてはしばしば辟易してしまう。なんというか、味が濃すぎる何かを食わされている気分になる。他者が僕に対してもそう感じているのだろうとわかっていながら。こんな自分も本当は、よくないと思う。


最近、「ああ、俺はもうこれを受け入れられない」というものが増えたような気がする。人に会わないということは、ここまで自分を蝕んでしまうものなのか。いや、大げさだ。やめよう。


時々、画面の中の景色の方が綺麗だと思う。画面の中で作られた、あるいは切り取られた景色の方が、美しいと思える。現実がなければこの画面の中の景色は存在していなかった、というのにも関わらず。矛盾している。こんな自分も、本当はよくない。恥ずかしいような。これも消すべき自己陶酔の一つかもしれない。


ただ音楽を聴き流すことにさえ焦りを感じ、何も考えずに歩くだけで焦りを感じ。ギターを触る、歌を書く、時々絵を描く。気づいたら夜がきて、時間を浪費していることを実感し、ネットを見て、自分はやはり駄目なのだとぼんやり空想し、諦めたように眠る。途中、寒さで何度か目を覚ます。重い身体。健康でいられているだけマシかと、痛みのすり替え。また自分を誤魔化す、朝が来る。人に会う、後悔する。失敗は失敗として、自分を突き刺す、いつまでも吹き出す嫌な記憶、ぬめっとした思い出、全部辛い過去に変わる。変換が下手だ。綺麗な思い出は痛いから、何もかも一瞬でなくなってしまえばいいと思うが、ここは現実なのでそうもいかない。背負って背負って一人で全てを運んでも、あまり意味がない。意味がないから、意味を持ってしまう。


また言葉にすることで、言葉を遠ざけてしまった。自分を見放してしまった。


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バックトゥーザフューチャー、面白いよね。子供の頃よく観た。